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ルンガ沖夜戦

ルンガ沖夜戦

ルンガ沖夜戦(ルンガおきやせん)とは、1942年11月30日夜にガダルカナル島ルンガ岬の沖にて日本海軍アメリカ海軍の間で行われた海戦である。連合軍側の名称はタサファロング沖海戦(Battle of Tassafaronga)。

経緯

第三次ソロモン海戦(1942年11月14日)後、ガダルカナル島周辺海域の制空権を失った日本海軍は、同島の日本陸軍への補給を闇夜に駆逐艦の高速に頼って行うしかなかった。この輸送は、自嘲的に鼠輸送(米軍側は「Tokyo Express(東京急行)」)と呼ばれた。この輸送をいち早く察知した米海軍は、その阻止のためにカールトン・ライト少将率いる第67任務部隊(ライト部隊)をガダルカナル島沖に派遣する。


一方、日本軍では田中頼三少将率いる第二水雷戦隊の駆逐艦8隻で構成される輸送部隊が1942年11月29日、ショートランドを出撃し、一路ガダルカナルへ向かっていた。

戦闘経過と結果

ルンガ沖夜戦図

11月30日19時40分(以後時間表記は数字のみ)、日本艦隊はガダルカナル島近海に到達する。この際の日本艦隊の隊列は田中少将座乗の旗艦「長波」が日本軍伝統の指揮官先頭に反し、隊列中央に配される形で形成されており、先頭から警戒隊の「高波」、第15駆逐隊の「黒潮」「親潮」「陽炎」、第31駆逐隊の「巻波」、旗艦「長波」、第24駆逐隊の「江風」「涼風」の順に配列されていた。


2000、「高波」が前路警戒のため先行、艦隊から分離する。艦隊は陸上部隊の待つタサファロング泊地へ向け、速度を30から減速しつつドラム缶の投入準備を始めた。この時、ガダルカナル沖合の天候は晴れ、北東の風4m、視程10km、月齢21とかなり見通しのいい夜であった。


2106、アメリカ艦隊が日本艦隊を発見する。ライト部隊の旗艦・重巡「ミネアポリス」のレーダーが前方20kmに日本艦隊の隊列を探知。ライト少将は攻撃をかけるべく平行反航態勢に米艦隊の針路を設定し直ちに攻撃態勢をとった。

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