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片桐且元
出生[編集]
近江国浅井郡須賀谷(滋賀県長浜市須賀谷)の浅井氏配下の国人領主・片桐直貞の長男として生まれる。信濃源氏の名族片桐氏は伊那在郷の鎌倉御家人であったが、本流が片桐郷に残る一方、支流は承久年間以降に美濃・近江に進出、戦国大名化した浅井氏に仕えるようになったのは直貞の代からという。須賀谷は浅井氏の本拠地・小谷城と山続きであり、同城の支城の一つとして機能するとともに、温泉が湧出するために湯治場としても利用されていた。
元亀元年(1570年)から天正元年(1573年)9月1日にかけての織田信長による浅井長政への攻撃で、小谷城は陥落した。落城前日(8月29日)の日付の浅井長政から片桐直貞に宛てられた感状が現存している。この事から、17歳の且元も一貫して浅井方として戦い、そして幼き頃の淀殿姉妹や大野治長兄弟らと共に、落城を経験したと考えられる[2]。且元が家督を継いだ時期は定かではない。
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